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【選手紹介】プレーした時期に恵まれなかった史上屈指のダンカー:ドミニク・ウィルキンス(1/3)

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「ハイライトマシーン」を体現したスーパースター

「ヒューマンハイライトフィルム」この通り名こそウィルキンスがスター選手だったことの1番の証明でしょう。彼はその通り名の通り数々のハイライトを生み出し、そのダンクは多くの人を魅了しました。彼がスター選手としてプレーしていた時期はあのジョーダンと同時期だったためシーズンMVP受賞やNBAチャンピオンなどのNBAプレイヤーの多くが求めるものを得ることはできませんでした。しかしそれでも彼の功績は無視できるようなものありませんので今回はウィルキンスのキャリア序盤について紹介していきます。

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NBAにドラフトされたハイライト製造機~スーパースターへの成長

ジョージア大学でその高い身体能力を活かしたプレーをしていたことで多くの注目を集め、多くのハイライトプレーをしていたウィルキンスは1982年のNBAドラフトでジャズに全体3位で指名されました。3位でドラフトされたウィルキンスでしたが、もとよりユタでプレーしたいとは考えておらずその考えを知ったジャスは彼をホークスへトレードしました。

ドラフトされたその年から82試合すべてにスタメン出場し、ルーキーながら平均17.5得点を記録したウィルキンスでしたが、新人王を受賞することはできずダンカーとしての始まりとなる3年目のシーズンを迎えました。このシーズンは彼の高い身体能力と跳躍力、そしてそれらを活かしたダンクが評価され初めてのスラムダンクコンテストに出場しました。このコンテストにはジョーダン、ドレクスラー、ラリー・ナンス、ジュリアス・アービングなどの数々の有力なダンカーが参加していましたが、彼らを撃破してウィルキンスは2年目選手としてコンテストを制しました。ダンカーとして確実な地位を築いたウィルキンスでしたが、スコアラーとして非常に優秀な成績を残しました。彼は平均27.4得点6.9リバウンド1.7スティールを記録して得点ではリーグ6番目の数字を残し、一気にスーパースターとして成長しました。

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得点王シーズン~思うようにいかないプレイオフ

翌シーズン、ウィルキンスはシーズン平均30.3得点を記録してキャリア最初で最後の得点王を受賞しました。初めてオールスターのスターターそしてオールNBA1stチームにも選出され、正真正銘のスーパースターとしてシーズンを通して活躍しました。このシーズン、チームはスーパースターのウィルキンスに加え、スター選手として活躍していたスパッド・ウェブを契約しており、彼らの活躍が主な原因で50勝32敗を記録してプレイオフに出場しました。チームは1回戦でピストンズを撃破し2回戦に進出しましたが、2回戦ではセルティックスに敗れ力の差を見せつけられました。チームとしての差を感じる敗戦の形にはなりましたが、ウィルキンスはプレイオフで28.6得点を平均しエース選手として個人では大きく活躍していました。

1986~1987シーズン、ウィルキンスはリーグ2位となる29.0得点を平均し、4月16日のブルズとの試合でキャリア通算10,000得点を突破しました。平均得点ではリーグ2位でしたが、得点王のジョーダンは37.1得点を記録しており同じスコアラーとして格の違いが明らかになったシーズンでした。それでもウィルキンスが優秀な選手であることは変わらずチームの成績は57勝25敗を記録して2年連続でプレイオフに出場しました。1回戦ではペイサーズを破って2回戦に進出したものの、2回戦で昨年のリベンジに燃えるピストンズに敗れホークスはプレイオフに弱いという印象が付きました。そしてその印象はウィルキンスの評価にも原因があり、彼はこのプレイオフでレギュラーシーズンよりも低い平均26.8得点を記録しており、スーパースターながらプレイオフでは調子が落ちる選手というイメージが作られました。

翌1987~1988シーズン、ウィルキンスはキャリア最高となる30.7得点を平均しました。しかしこの年もジョーダンが平均35.0得点を記録しており、またしてもウィルキンスは得点王レースで2位に終わり得点王になるチャンスを逃しました。この年、ジョーダンはウィルキンスとスラムダンクコンテストでも戦っており、彼はコンテストでも優勝しており完全にウィルキンスの上を行くシーズンを過ごしていました。結果的にジョーダンの咬ませ犬のような扱われ方をされてしまったシーズンになりましたが、ウィルキンスはオールNBA2ndチームに選出されており、週間最優秀選手にも3度選出されています。50勝32敗でプレイオフに出場し、2回戦でバード擁するセルティックスと対戦しました。この試合は最終7戦までもつれる激闘になりましたが、118対116で敗れてしまい3年連続2回戦敗退という結果になってしまいました。のちにバードはこの試合について「おれもミスしなかったし、あいつもミスしなかった。だからあの試合の結果はラストショットに委ねられたんだ。あの試合はおれが今までプレーしたり見てきた中で最高の試合だった。」と述べており、歴史に残るような試合だったことを強調しています。このプレイオフのウィルキンスは平均31.2得点6.4リバウンドを記録しており、歴史に残るようなパフォーマンスを発揮しました。

まとめ

いかがだったでしょうか。ウィルキンスはルーキー時代からスーパースターまで一直線に成長した数少ないプレイヤーです。彼のダンクには華があり、初めて優勝した1985年のコンテストの映像は何度でも見ることができます。バードのセルティックス王朝によって優勝を阻まれたり、ジョーダンに個人賞を奪われたりと踏んだり蹴ったりのシーズンを過ごしていたウィルキンスですが、この後もやはり同じようなキャリアを送ることになります。

このブログではNBAの歴代選手や歴代チームの紹介をしています。NBAやバスケに興味がある方は是非引き続きお読みいただけると嬉しいです!