【選手紹介】小さな巨人の代名詞SG:アレン・アイバーソン(3/3)
アイバーソンのキャリア最終期
アイバーソンはナゲッツから追い出される形でトレードされたのち、ピストンズ、グリズリーズ、そして古巣のシクサーズと3つのチームを渡り歩くことになりました。スターからの落ちが激しすぎるあまり、彼のキャリアの締めくくりは残念に感じてしまいますが、彼のことを知るためには必要だと思いますので紹介していきます。
エゴによって狂っていったキャリア
2008~2009シーズンに、ビラップス、アントニオ・マクダイスなどの選手の対価としてトレードされたアイバーソンは移籍して最初の5試合で平均20得点以上と6アシスト以上を記録し、チームも3勝2敗と勝ち越していましたが、彼のスポットはロドニー・スタッキーに奪われていきました。そしてこの頃からアイバーソンのトレードのうわさが立ち始めましたが、アイバーソンは「ベンチにいるくらいなら引退する」と発言し、世間を驚かせました。しばらくした時に、ピストンズはアイバーソンを残りのシーズン起用しないことを決定し、アイバーソンは新シーズンにグリズリーズと契約を結びました。
グリズリーズと1年契約を結んだアイバーソンは、自分がスターだったころのプレーに固執し続け、ベンチ起用に対して不満を表していました。3試合のみプレーし、12.3得点1.3リバウンド3.7アシストを平均したのち、チームとアイバーソンは契約を解消しました。
古巣への帰還~NBA引退後のキャリア
グリズリーズとの契約を解消したアイバーソンは2009年の11月末にシクサーズのGMと面会をし、結果として保証外の最低限の契約を結び、残りのシーズンを古巣で過ごすことになりました。12月7日に帰還後初の試合に挑んだアイバーソンは11得点6アシスト5リバウンドとなかなかの活躍を残しましたがチームは負けてしまいしました。復帰から1週間後のウォリアーズ戦、アイバーソンは20得点し、初のシクサーズでの勝利をつかみました。彼はベテランらしい堅実なプレーでFG70%以上でシュートを沈め、オールスターのスターターとして最後のオールスターに選出されました。3月2日にローズ率いるブルズに敗北したのちアイバーソンはNBAを去り、海外リーグで新たなキャリアをスタートさせました。
NBAを去った年の10月26日、Yahoo! SportsがアイバーソンはトルコスーパーリーグのBeşiktaşと4年契約を締結したと報道しました。チーム合流後最初の試合で23分のプレーで15得点を記録したアイバーソンですがチームを勝利には導けず、10試合のみプレーしたのち、2011年1月、アメリカに戻りふくらはぎの手術を行いました。そしてその手術後にアイバーソンはプロとしてプレーすることができなくなりました。
2013年1月にアイバーソンはDリーグのテキサス・レジェンズのオファーを受けましたが断り、11月にバスケットボールから離れることを発表しました。シクサーズは2014年3月1日のウィザーズ戦でアイバーソンの背番号3番をハーフタイムセレモニーで永久欠番にし、2016年に殿堂入りを果たしました。
まとめ
いかがだったでしょうか。全3編の長い紹介記事になりましたが、すべてお読みいただけたでしょうか。アイバーソンはその得点力と身体能力、そして絶対的な自信が魅力的で、今でも1番好きな選手です。彼のキャリア後半はお世辞にも輝かしいものとは言えませんが、全体の達成度としては十分なものでレジェンドとして扱われることも当然だと思います。
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