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【選手紹介】ニューヨークの救世主になるはずだった才能:クリスタプス・ポルジンギス

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ニューヨークに愛されるスーパースターになるはずだった若い才能

ケビン・デュラントに類まれなる才能を見出されて「ユニコーン」というあだ名をつけられたクリスタプス・ポルジンギスはマーベリックスにトレードされ、次世代のナッシュ&ノビツキーだともてはやされていましたが思うような活躍ができていない選手です。最近の悪評判のせいで忘れがちですが、彼は若さと才能を持ち合わせたリーグでも10本の指に入る将来のスター候補です。ケガによってその才能を活かしきれていないポルジンギスですが、今までのキャリアはどのようなものだったのでしょうか。今回はポルジンギスの今までのキャリアについて紹介していきます。

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ヨーロッパのスター~ニューヨークの未来

セルビアで生まれ育ったポルジンギスは親の影響で6歳の頃からバスケットボールをプレーしており、12歳になるころにはプロとしてプレーしていた兄のオフシーズンついていっていました。2010年にポルジンギスは203㎝の身長まで成長し、2012年に彼はACBリーガでプレーするチャンスを得ました。

確かな才能と恵まれた身体をもってプロ入りしたポルジンギスですがプロの世界は甘くなく、この年の彼の最高得点はわずか7得点に終わりました。オフシーズン、練習に励んだ彼は確実に実力を伸ばし、その成果はシーズンが始まってすぐに表れました。彼はシーズン3試合目に20得点を記録してチームを勝利に導きました。この頃には3PTを打てるようになっており別の試合では2本の3PTを含む20得点を挙げました。インサイドでもアウトサイドでも成長著しい結果を残した彼はこのシーズンオールヤングプレーヤーチームに選出され、将来を期待される選手としてヨーロッパで評価されるようになりました。このシーズンを経て自信をつけたポルジンギスは2014年NBAドラフトにエントリーする決心をし、実際OKCサンダーやマジックが彼をドラフトしようとしていましたが、ドラフト数日前に彼はエントリーを諦め、翌年のドラフトでさらなる高順位指名を求めることにしました。

翌年、彼は思うように得点を取ることができず、オフェンス面で苦労するシーズンを過ごしましたが、ある試合では18得点4アシスト7リバウンド4スティール2ブロックを記録しNBAにその万能性と才能を見せつけました。そして彼は2015年ドラフトで予想外の4位指名でニックスに指名されました。しかしながら、ヨーロッパで活躍していたポルジンギスの名前はアメリカには届いておらず、無名の選手を4位指名で指名したことでポルジンギスはドラフト会場で大きなブーイングを受けてNBAキャリアをスタートしました。

無名選手としてニックスに加入したポルジンギスには非難の声が上がりましたが、そのおかげで必要以上をプレッシャーを感じることがなく、それがポルジンギスにとって非常に有利に働きました。彼はデビュー戦のバックス戦で16得点を挙げてチームを勝利に導くと11月21日の試合では24得点14リバウンド7ブロックを記録し、NBA選手の中でも圧倒的なリムプロテクト能力を見せつけました。彼はこの年14.3得点7.3リバウンド1.3アシスト1.9ブロックを平均し、ドラフト時の過小評価をひっくり返して一躍ニックスのスター候補に躍り出ました。新人王は同じビッグマンのKATに奪われてしまいましたがきっちりオールルーキー1stチームに選出され、ニックスファンの期待を良い意味で裏切りました。

2年目シーズン、彼は11月のピストンズ戦でキャリアハイの35得点を挙げチームを接戦での勝利に導き、12月にはレイカーズ戦で26得点12リバウンド7ブロックを記録し完全にチームの中心選手となっていました。しかしこの頃から彼は高身長選手ゆえの足のケガに悩まされ、1月には左足のアキレス腱を損傷して欠場をしていました。ポルジンギスが加入してからの2年間彼個人としては将来のスーパースターとしての活躍を残していましたが、チームはプレイオフ進出を逃していました。

2017~2018シーズン、ポルジンギスは開幕戦でいきなり31得点12リバウンドを記録しチームを勢いづけました。10月下旬の試合では38得点を挙げてナゲッツ相手に勝利し、間をあけずに新キャリアハイの40得点でペイサーズ戦に勝利しました。ポルジンギスは開幕10試合で300得点を達成したニックス史上初の選手となりこの年彼は初オールスターに選ばれました。んいっくすの歴史に名を刻み、オールスターになったポルジンギスですが2月のバックス戦で左足のACLを断裂するケガを負いシーズンを選球することになってしまいました。ただでさえビッグマンで足の負担が大きいうえにNBA選手としては細身の彼の身体はNBAで戦う中で負担に耐え切れなくなっており、そのケガは深刻なもので彼が以前の彼に戻れるかも怪しいものでしたがニックスは彼を信じて待つことにしました。

しかし、10月の契約延長後に勝てないチームに不満を募らせていたポルジンギスとニックスに対して不満を抱いていた彼の兄がチームにトレードを要求し、彼はケガ後に1度もプレーすることなくマーベリックスにトレードされてしまいました。

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ヨーロピアンコンビの結成~不仲説

2019年1月31日ポルジンギスはニックスを去ってマーベリックスに移籍しドンチッチと将来のヨーロピアンコンビを結成しました。2月から復帰したポルジンギスは序盤は手こずっていましたが、シーズンが終わるころにはスターフォームに戻り20得点9リバウンド2ブロック以上を平均してシーズンを終え初めてのプレイオフに出場しました。彼はクリッパーズとの1回戦に挑みましたが、第1戦では初めてのプレイオフに動揺したのか14得点6リバウンドと2番手としては期待外れのパフォーマンスに終わりました。その声に応えるように第2戦では23得点7リバウンドを記録しましたが、それでも彼に対する期待は大きく世間からはまだ活躍が足りないと言われていました。その批判を跳ね返すように第3戦では34得点13リバウンドと文句なしの活躍を残しましたが、ここで彼のケガ癖が足を引っ張り彼はこれ以降の試合に出場することができず、チームは1回戦で敗退してしまいました。

2020~2021シーズン、ポルジンギスは10月に半月板損傷の手術を受け、1月に復帰を果たしました。出場時間制限を設けられていましたが彼は21分の出場で16得点を記録し、いまだ支配力を持っていることを見せつけました。しかし彼とチームは彼の身体への負担を軽減するために2試合以上連続の試合に彼を出すことを避けるようになり、そのためかれの出場試合数は非常に少なくなりました。この年彼は43試合のみの出場で20.1得点8.9リバウンド1.3ブロックを平均しましたがやはりケガの影響は大きく彼のプレイの幅は狭くなっていました。それはプレイオフでも大きく彼のスタッツに影響し、ドンチッチがボールを持つ時間の多くで彼はコーナーに立っているだけという光景が多く見られました。彼はこのシリーズで大きくスタッツを落とし、13.1得点5.4リバウンド0.7ブロックまでパフォーマンスが落ちました。

まとめ

いかがだったでしょうか。彼は明らかに大きい才能を持っていますが身長ゆえのケガやチームの使い方が少し悪いように感じます。彼のリムプロテクト能力を見る限り彼はC寄りのPFとして起用することが一番良いと思いますが、彼のケガを心配するあまりに彼の使い方を間違っているように思います。

このブログではNBAの歴代選手や歴代チームを紹介しています。NBAやバスケに興味がある方は是非引き続きお読みいただけると嬉しいです!