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【選手紹介】カーメロ・アンソニー:2010年代最高レベルのスコアラー

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2010年代最高レベルのスコアマシーン、カーメロ・アンソニーとは?

2010年代、ケビン・デュラントとリーグ最高スコアラーの頂点を競っていたカーメロ・アンソニー。現在はポートランド・トレイル・ブレイザーズで頼れるベンチプレイヤーとして第二のキャリアを過ごしている彼ですが、かつてはスコアリングに関しては敵なしのプレイヤーでした。そんなカーメロはどのような経歴や実績を持っているのか。今回はカーメロについて解説していこうと思います。

カーメロ・アンソニーの経歴

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高校生~NBA入り

カーメロは高校の初めの一年はあまり有名ではない高校でプレーしていましたが、一念で身長が13センチ伸びたことをきっかけに名門、オークヒル・アカデミーでプレーすることになり、そこで将来のライバルのレブロン・ジェームズと共に高校バスケ界を支配していました。カーメロはあらゆるバスケメディアが選ぶオールアメリカン1stチームに選出され、高校の試合では36得点を記録してレブロンを倒したこともあります(レブロンは35得点だった)。

高校生としてレブロンに次ぐ高評価を受けていたカーメロはシラキュース大学に進学することになります。

シラキュース大学に進学したカーメロは一年生ながらエースとしてチームを牽引し、22.1得点10.0リバウンドを平均し、一年生エースとしてNCAAトーナメントでチームを優勝に導き大会MVPに選ばれ、大学バスケでもその存在感を示していました。

そして一年のみ大学でプレーしたカーメロはwinnerとしてドラフトで全体3位でデンバー・ナゲッツに指名を受け大きな期待を背負ってNBAに挑戦することになりました。

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デンバー時代~ニックスへ加入

ナゲッツでの一年目はカーメロは6試合目で30得点を記録するなど、弱小だったチームをエースとして引っ張り、前年17勝65敗だったチームを43勝39敗と躍進させ、プレイオフまでチームを連れていきました。二年目も活躍したカーメロはチームをプレイオフに連れていきますが、昨年同様1回戦での敗退になりました。

3年目のシーズンではオールNBA3rdチームに選出され、選手として成長したカーメロでしたが、プレイオフでは同じく1回戦敗退という結果になりました。

オフにはチームと5年8000万ドルで契約延長を結び、世界選手権では金メダルを取り、二度目のオールNBA3rdチームに選出され多くのことを達成しましたが、ここでもチームはプレイオフ1回戦で敗退してしまいました。翌シーズンは、チームの変革の時で、チャンシー・ビラップスを獲得し、ビラップスのリーダーシップに導かれチームはカンファレンス・ファイナルまで進出しました。しかし自シーズンでは1回戦でプレイオフ敗退となり、ついにカーメロはニックスへ移籍することになります。

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ニックス時代~キャリアのどん底

2010~2011シーズン、カーメロはトレードでニューヨーク・ニックスへ移籍し、今度こそプレイオフで勝ち進むと思われていましたが、チームはあえなく1回戦で敗退になりました。次のシーズンもマイアミ・ヒートと1回戦で対戦し、直接対決でレブロン・ジェームズに敗れる結果になりました。

2012~2013シーズン、カーメロはPFとして試合に挑み、得点王、オールNBA2ndチーム選出、MVP投票3位など個人としては一番のシーズンになりましたが、プレイオフではインディアナ・ペイサーズにカンファレンス・セミファイナルで敗れ、シーズンは終了になりました。

次シーズンはキャリア初のプレイオフに進出できなかったシーズンになりましたが、カーメロ個人としては62得点を残す試合もあり、印象に残るシーズンとなりました。そして低迷していたチームは歴代最高クラスのコーチ、フィル・ジャクソンをHCとして迎え復活を目指しましたがトライアングル・オフェンスが機能しなかったチームはプレイオフに出場できず、レギュラーシーズン中16連敗を記録する結果となり、チームに限界を感じたカーメロは2017~2018シーズンにオクラホマシティ・サンダーでラッセル・ウェストブルックとポール・ジョージとBIG3を結成することになりました。

サンダーに移籍したカーメロは、史上21人目の2万5000得点達成者になりましたが、そのスコアリングメンタリティとボールを独り占めするプレースタイルからバッシングを受けホークスにトレードされ、そこでは解雇されることになりました。

解雇されてしまったカーメロは2018~2019シーズン、ヒューストン・ロケッツと1年240万ドルで契約しましたが、チームは思ったようなパフォーマンスを発揮できず、その責任を取る形でカーメロはわずか10試合のプレーでユタ・ジャズにトレードされ、そこでは1試合もプレーすることなく解雇されました。

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復活をかけて

NBAを離れて1年経ち、カーメロはついにポートランド・トレイルブレイザーズと契約をしました。カーメロはベンチプレイヤーとして心を入れ替え、見事復活を果たし次のシーズンでもチームでプレーすることになりました。2020~2021シーズンでは、ティム・ダンカンを抜いて歴代通算得点14位に浮上したり、史上11人目となる通算2万7000得点を記録したりと選手として確実な復活を果たし、オフにロサンゼルス・レイカーズと契約し、初めてレブロンと同じチームでプレーすることになりました。

まとめ

いかかだったでしょうか。輝かしいキャリアを送り続けてきたわけではないカーメロ。しかしながらその実力は折り紙付きであり、殿堂入りも確実な選手でしょう。今シーズンレブロンと同じチームでプレーすることになり、優勝チャンスもあると思いますのでキャリア初の優勝を成し遂げてもらいたいと思います。

このブログではNBAの考察や分析をしています。NBAやバスケットボールに興味があれば是非引き続きお読みいただければと思います。