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【選手紹介】ヒートの優勝を支えた万能ビッグマン:クリス・ボッシュ(1/2)

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全盛期を悔やまれた万能ビッグマン

2021年に殿堂入りを果たし、その偉大なキャリアを更に偉大にしたクリス・ボッシュ。彼はラプターズにドラフトされてからはトレード要求をしたビンス・カーターに代わるエースとして活躍していましたが、ヒートに移籍してからはウェイドとレブロンのために自分を作り変えることができたエゴが少ない万能ビッグマンです。30歳からの全盛期を病気が原因で満足にプレーできなかった彼ですが、殿堂入りには文句が出ないようなキャリアを築き上げました。今回はそんなボッシュのキャリアについて紹介していきます。


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大学時代〜ラプターズでの孤軍奮闘

高校時代から優秀な成績を残していたボッシュは多くの大学からリクルートを受けていました。その中でボッシュは従兄弟と叔母が通っていたジョージア工科大学に運命を感じ進学しました。1年目から15.6得点9.0リバウンド2.2ブロックを平均したボッシュは元々4年間大学でプレーする予定でしたが、この結果を受けて2003年NBAドラフトにエントリーすることに決めました。

レブロン、ウェイド、カーメロなど多くのレジェンドを排出したドラフトクラスで非常に競争が激しかった年でしたが、ボッシュは全体4位でカーターに代わるエースになれる若手を探していたラプターズに全体4位で指名を受けました。

前年アントニオ・デイビスをトレードで放出したラプターズは1年目で体の細いボッシュを本来のポジションではないセンターで起用しました。ボッシュはスターターとして1年目からプレーし、33.5分のプレーで11.5得点7.4リバウンド1.4ブロックを平均し、レブロン、ウェイド、カーメロと共にオールルーキー1stチームに選出されました。

2004~2005シーズン、ついにカーターがトレードされるとチームは加入してわずか2年目のボッシュをチームのエースに据えることになりました。ボッシュはカーターがトレードされてから残りの試合で18.4得点9.5リバウンド1.6ブロックを平均するまでに成長し、イースタンカンファレンスの週間最優秀選手にもなりました。いずれオールスターになる予兆は見せていましたが、このシーズンはオールスターになることはありませんでした。

2005~2006シーズンの前にボッシュはチームのキャプテンに任命されますます練習に打ち込むようになりました。その成果はこの年のうちに実り、シーズンの前半を得点、リバウンド、FG%の3項目でチームリーダーになる活躍を残し、大きく成長したボッシュは3年目にしてオールスターに選出されました。3月にシーズン終了となるケガを負ってしまったせいでチームは27勝55敗にまで沈みましたが、ボッシュ自身は22.5得点9.2リバウンド2.6アシストを平均し、スーパースターの片鱗を見せていました。

翌年、ボッシュはプレイヤーオプション付きの4年契約をラプターズと結び、この時にボッシュは「このチームの未来は明るい。このチームには変化が必要だった(自分が変化だったということ)。うちのチームには多くの勝利を求めて全力で練習する選手がたくさんいる」と言い、自分がチームを変えたことを主張しました。このシーズン前半、ラプターズは勝率5割を超えることができ、その結果にはボッシュのリーダーシップと活躍が必要不可欠でした。そしてその貢献によって、オールスターのスターターに選出されるまでにボッシュの実力は評価されました。ボッシュは1月に平均25.4得点9.1リバウンドを記録し月間最優秀選手に選出されました。そしてその勢いのまま2月にはキャリアハイの41得点を記録し、ボッシュはチームを47勝35敗に導き3位シードとして、1回戦でネッツと対戦しました。ボッシュはチームを17.5得点9.0リバウンドで引っ張りましたが惜しくも敗北してしまいました。このシーズンボッシュはレギュラーシーズンで22.6得点10.6リバウンドを平均しオールNBA2ndチームに選出され、スーパースターの仲間入りを果たしました。

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苦戦~裏切りの移籍

2007~2008シーズン、ラプターズはドラフト1位指名でアンドレア・バルニャーニを指名し、彼をCに置き、ボッシュは本来のポジションであるPFでプレーすることになりました。SGにはヒートからFAとして移籍してきた3PTスペシャリストのジェイソン・カポーノを獲得し、ラプターズのオフェンス力は大きく向上しました。バルニャーニとボッシュのフロントコートとカポーノの加入はチームを強くし、ボッシュは15試合を欠場しましたがこの年もオールスターに選ばれ、チームは何とか41勝41敗でプレイオフに進出しました。しかしプレイオフではドワイト・ハワード率いるマジックに1勝4敗で敗れ、ボッシュの負担を軽減できる選手が必要だと言われるまでハワードに支配され続けたシリーズでした。

そして翌年、前年の言葉通りチームは6度のオールスター経験のあるジャーメイン・オニールをトレードで獲得しました。オフに北京オリンピックで金メダルを取ったボッシュはその勢いのままスタートを切り、最初の3試合で26.0得点10.0リバウンド3.7スティールを平均したボッシュとオニールは昨年のバルニャーニとのコンビよりも強力なインサイドを作っていました。しかしながら、勝率はなぜか5割を超えることができませんでした。このシーズン、ボッシュはオールスターのリザーブに選ばれましたがケガにより選出から外れ、結果を出せなかったオニールをチームはサラリーの面で柔軟性を持たせるためにヒートとトレードをし、ショーン・マリオンとマーカス・バンクスを獲得しました。プレイオフ出場を逃したチームは4月20日にボッシュとの延長契約したい考えを発表しましたが、ボッシュはのちにこの延長契約を拒否することになります。

2009~2010シーズン、ボッシュはオフに肉体改造に取り組み、初戦のキャブズ戦で21得点16リバウンドを記録しチームを勝利に導きました。同じ勢いで最初の16試合で25.4得点11.9リバウンドを平均しチームを牽引していましたが、この間チーム自体は7勝しかできず、40試合消化時点でも勝率は5割でした。ボッシュ自身はリーグでわずか2人しかいなかった平均20得点以上10リバウンド以上を記録していた選手で、オールスターのリザーブにも選ばれ、1月20日には44得点のキャリアハイを記録しましたが、最終的にブルズとのタイブレークに敗れ、プレイオフを再び逃すことになりました。そしてオフにボッシュはヒートに移籍し、レブロン、ウェイドと共にヒートをリーグ最強かつ最も嫌われるチームにしていくことになります。

まとめ

いかがだったでしょうか。ラプターズでは絶対的なエースとして活躍したボッシュですが、その活躍が報われることは少なく、正当な評価を受けていたとは思いません。チームがボッシュを支えることができず、その結果彼は移籍を選択し、次回紹介するヒートでの優勝を達成することができました。

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